[アート] 英国ウェールズ国立美術館所蔵「ターナーからモネへ」展、縮景園の桜、自選「大岡信詩集」

広島県立美術館の展覧会。英題は「France and Britain: Art for a New Age 1817-1917」。主に19世紀のフランス・英国の絵画展示である。いずれも素晴らしく質が高い。お勧め。ロマン主義、リアリズム、パリのサロンとロンドンのロイヤル・アカデミー、印象派、ポスト印象派とその後と続く。

../images/2017/04/CIMG5922m.JPG「ターナーからモネへ」展のパンフ・チケットと縮景園共通割引入園券

ターナーの絵はロマン主義に分類されているが、むしろ印象派の先駆と見たほうがわかりやすいのではと思う。ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー - Wikipediaには「1842年に制作された『吹雪-港の沖合の蒸気船』は・・・印象派を30年も先取りした先駆的な作品」とか、「イタリア旅行後の作品は画面における大気と光の効果を追求することに主眼がおかれ、そのためにしばしば描かれている事物の形態はあいまいになりほとんど抽象に近づいている作品もある」との記載がある。展示されている作品も、風景を描いているものの、形態は抽象的なものになり、印象を重視した絵画に思える。展示されている6作品はいずれも1840年前後の作品である。

モネの絵は、パンフ・チケットを飾っている「サン・ジョルジョ・マッジョーレ、黄昏」は見物。

他の作品もバラエティに富んでいて、細密画や極めてリアルな質感の人物群像など楽しめる。

また、リアリズムというと写真のような写実絵画を思い描きがちだが、現実に存在する場面を描くという意味が強いのだと納得した展覧会でもあった。

リニューアル20周年の所蔵作品展では、平山郁夫の「みのり」の不思議な表現や児玉希望の作品などが印象に残った。

1階に降りて、縮景園への入り口に向かう。桜は満開を過ぎて、花吹雪となって散っている。

../images/2017/04/CIMG5880m.JPG縮景園、桜吹雪

../images/2017/04/CIMG5889m.JPG縮景園の桜

../images/2017/04/CIMG5896m.JPG縮景園

../images/2017/04/CIMG5909m.JPG縮景園には様々な種類の桜や桃がある

福屋の近くで買い物があるというので、僕は丸善・ジュンク堂へ。やはり、大岡信先生の詩集は手に入れたいと思った。アマゾンでは出たばかりの岩波文庫の自選「大岡信詩集」(2016年)が古書しかないという状態で定価税別740円が3000円近くする。hontoにはあるけど、送料が掛かるので、本屋には残っているのではと思ったわけ。探すと一冊見つかった。

日本文学を理解するための糸口として最高の人を見つけたかもしれないと思っている。解説の三浦雅士先生の言では「現代詩試論」(1955年)による大岡信のデビューは鮮烈だった。雑誌掲載時の年齢は弱冠22歳。この評論の中で自身の年齢に倍する先達たちをほとんど叱責しているのだそうだ。

この「試論」はアマゾンでも手に入らない。「現代詩人論」の鮎川信夫論は1954年4月に書かれたもので、「現代詩人論」のあとがきに新たに書き直す余裕がなく、そのまま収録したとあるので、おそらく「現代詩試論」と同じものだろう。これをまず読もう。

その他、「あなたに語る日本文学史」の「古代・中世篇」を古書で入手、さらに「近世・近代篇」を古書で入手中。歯が立つかどうかは「本居宣長」も同様だが、興味深い展開が待つことだけは間違いない。

更新: 2017-04-09T20:14:07+09:00

[本] 復活を遂げる本

[FT]復活を遂げる本 ベゾス氏も紙が好きだから :日本経済新聞(2017/2/10)ネタ。

紙の本か電子書籍をどちらを選ぶかという話も当然これまで議論してきたようにあるわけだが、紙の本に電子書籍を付加して販売すべきだというのが、私の意見である。どちらが高いか安いかという問題ではおもしろくない。どちらも持っている機能に異なる部分がある。

それはともかく、米国では紙の本が売れているらしい。紙の本復活か 米で売上高増加傾向に :日本経済新聞(2016/12/10)によればだが、一旦電子書籍が1/3を占めるところまで紙の書籍が下がってから反転したらしい。

電子書籍は不便な部分がある。購入したことを忘れてしまうのだ。本という物質的実体がないのは問題である。生活空間に電子書棚と書見台を作る必要があるのではないか。簡単には常にKindleのリスト画面を表示させたディスプレイを目に入るところに置くというのが解決策だと思うが・・・電気代が掛かる。スクリーンセーバーにして、電子書籍の蔵書を循環させて表示させるとか・・・Kindleのインターフェースはそこまで考えないと・・・

更新: 2017-04-05T19:32:07+09:00

[文具] 手書き、ノートとペン

手書きかノートPCか? パフォーマンスの高い「メモの取り方」を調査した結果|WIRED.jp(2017.03.31)ネタ。

結論、「つまるところ御託を並べる時間があるのならば、素直にいますぐノートとペンを買いに行くのが一番賢明のようだ。」当然の結果とは思うが、いま、ペンは高度な「テクノロジーデヴァイス」として復活する|WIRED.jp(2015.11.15)のデバイスを使った場合と比較はできなかったのだろうか。僕のこれまで使ってきたデジタルペンの経験では、紙のノートとペンの筆致の感触を実現できない可能性が高い。

ノートとペンを使う方法は、もう一度PCに推敲しながら入力する必要がある。手間はかかる。自分で考えながらゆっくり入力するなら、PCに直接でもよい可能性はある。本日記はPCに直接入力し、そのままPC上で推敲していく。前の記事の翻訳部分はノート上であらかた推敲しつつまとめて、PCのエディタ上で完成させた。PCに入力する手間は面倒で負担と感じる。

透明付箋とメモ付箋を準備したけど(付箋と思考 (03/16/2017))、読書のメモになかなか生かせない。いざ何か書きたいと思った場合、ペンを準備できていないと面倒になる。付箋はメモするにはサイズが小さすぎ、自由度に欠ける。貼り付ける場所も迷ってしまう。まだまだ、実践で試していくしかない。

手書きのノートの最近の問題点、ページが増えるとどこに何を書いたのか、忘れてしまうこと。見出しが重要かな。要約になるような短い見出しが最適だと思う。出典だけでは何をメモしたかったのかが伝わらない。

ノートのサイズもいろいろと試す必要あり。今、「言葉と物」からの抜き書きに使っているのは、B、中横罫、6mmx25行、40枚のハンディなノート。

更新: 2017-04-03T00:07:29+09:00

[文具] being analog

ニコラス・ネグロポンテ先生の「ビーイング・デジタル」の頃から、もちろん、デジタル・ビットが世界を変えているのだが、人間はアナログが大好きだ。記者の眼 - 何でもかんでもPCでメモを取るのをやめませんか?:ITproネタ。PCでメモ取るなんてセンスないと思う^^;)ただ、デジタル・ネイティヴな種族がどうかという気はするけど。要はキーボードを使いこなしているかどうかという問題に還元される可能性はある。

それはともかく、人間は感覚的にはアナログな世界で生きている。モノを作るという行為もモノ自体もアナログだ。紙の本も復活を遂げているという話も出ているが、紙の本は思考のツールだ。それは付箋などと共に作り上げる物質的実体。ページを捲りながら、走り読みをしたり、読みたい部分を探り当てる。

最近、購入した古本には書き込みのあるものも多い。正剛先生の「多読術」(ちくまプリマー新書、2009年)の85ページにはセイゴオ・マーキングの実例が載っている。

さて、スマートフォンが普及し、様々なものがアナログからデジタルへシフトするなか、ペンとノートもいずれ消え去る運命かと思えば、どうやら違うようである。矢野経済研究所の調査によると、2015年度の国内文具・事務用品市場規模は前年度比1.0%増の4598億円なのだそうだ。万年筆は19.1%増の46億8000万円、鉛筆市場も18.0%増の82億円と好調だというから驚きだ。

この記事を日記でも取り上げようと思ったのは、今日の日経の「プラス1」の「なんでもランキング」が「進化系文具、小粋な仕事ぶり」がテーマになっていたから。ネタ記事もネタがorenzneroで、何でもランキングの1位がぺんてるのオレンズネロである。2位がゼブラのデルガードタイプERと1位、2位ともシャープペンシル。

../images/2017/04/CIMG5860r1m.JPG日経プラス1(2017年4月8日)と「being digital」(西一彦監訳・解説、福岡洋一訳「ビーイング・デジタル - ビットの時代」、アスキー、1995年)

ビーイング・デジタルももう20年以上前に、Windows95と同じ年に登場。時代が変るはず。



../images/2017/04/CIMG5863m.JPG「本居宣長」の付箋メモページ

付箋メモページのアイデアは自信作かも。ビットの時代にアナログだけど、これをデジタルに結びつけるにはどうしたらよいだろう。万年筆や鉛筆では単純には結びつかないけど。

更新: 2017-04-08T18:54:49+09:00

[クラシック] 春の宵コンサート

昨晩、小嶋素子先生の「春の宵コンサート」を聴いた。はつかいち文化ホール「さくらぴあ」小ホール。満席。2時間半。終了は午後9時。

../images/2017/04/CIMG5932m.JPGパンフレット

共演者は、ピアノは遠藤さつき氏、チェロはN響次席奏者の藤村俊介氏、ヴァイオリンがN響の三又治彦氏。


プログラムの前にシューマン作、リスト編曲の「春の夜」が演奏され、まず、これはすごいと驚く。プログラムはいずれも楽しい雰囲気で素晴らしかったが、特にショパンのマズルカと最後のシューベルトの三重奏曲は印象に残った。三重奏曲では先生のピアノの音が軽やかにきらめき立ち上がる、そしてトリオ全体を引っ張る。歌がある。終了が午後9時というのもアンコールが充実しているから。N響のヴァイオリニスト、三又氏のしゃべりもユニークで楽しかった。そして、先生の締め括りは、凝った構成演出上、春の夜、次第に照明が暗くなる。これだけ多くの曲を疲れを微塵も見せず弾き切られた。凄い気力、充実。見習わなければと思う。

それほどたくさんの演奏会を聴いたことがあるわけではないが、他では得られない感動があったと思う。

更新: 2017-04-13T22:52:35+09:00

[日記] 桜、大岡信

帰宅時外気温19℃。昨日もそれぐらいだった。今日からコートを脱いだ。東京は桜は満開だという。広島はこれからだが、明日の雨で少し痛むかもしれない。鹿児島は桜が開花したところ。温暖化の影響らしい。桜が咲くには寒さが必要なのだとか。今朝の「日本全国8時です」のお話。

Cubeニュースのポップアップに「大岡信さん亡くなる」との報を見た。ああ、また時代が過ぎ去る。でも86歳だから大往生。大岡信 - Wikipediaによれば、1931年生まれ。

../images/2017/04/CIMG5852m.JPG「現代詩人論」(1969年)と「詩への架橋」(1977年)

おそらく「詩への架橋」を先に購入したと思うが、その頃はまだ僕が詩に興味を強く持っていた。「現代詩人論」(五版、1977年)もその後購入したのだろう。「折々のうた」(1979-2007年)が最初に話題になったころは、僕は詩どころではなかったかもしれない。こういった本を、もう一度ゆっくり繙く心境になりたいものだ。もうすぐできるかもしれない。

大岡信先生は、「詩への架橋」の最後にご自分の21歳の時(1952年)、「東大文学集団」に載せた恋愛詩「海と果実」を掲げ、次のように締め括られている。

・・・しかし私自身は、むしろ、排除していかねばならないいくつもの障害をかかえて、心は暗く閉ざされて、すっぱいような苦いような味のする神経衰弱の薬などを飲んで、眼ばかり光らせていることの方が多かった。この詩はもちろん私の現実を映していたけれども、現実とは裏腹な私の夢を映している部分の方が、むしろ多かったように回想される。

そういう形で、私は「詩」に少しずつ橋を架けようとしていたのだった。

(「詩への架橋」、岩波新書 12、233-234ページ)

「詩への架橋」は、大岡信先生、46歳の時の著書であるが、この「海と果実」をエピローグに掲げる前に「さて、このささやかな回想的記述もこの辺でひとまず幕を引かねばならないが、私自身はこの時期にむしろ人生というものをようやく意識的に生きはじめていたわけである。」と書かれている。21歳までにこのような詩との出会いをされたとは天才としかいいようがない。「現代詩人論」も38歳になる直前に「あとがき」を書き上げられているのであるが、収録されている詩論は1958年から10年ぐらいの間に書かれたものと思われる。

桜の話に戻ろう。十三 桜との契り | 随筆 小林秀雄 | Webでも考える人 | 新潮社を思い出していた。「本居宣長」シリーズも終わったわけではない。

「本居宣長」の第一節は、桜の歌が三首示されて終了する。本居宣長は遺言書を認めたあと、桜の歌を三百首も詠んでいる。(17ページ)

更新: 2017-04-06T21:39:01+09:00

[日記] 霧と雨とタルサ

昨日の帰宅時外気温18℃。朝は水蒸気が凝縮して微細な水滴となって地表や海面を覆っていた。濃霧注意報が出ていた。帰宅時は僅かな雨と霧。ピーター・バラカンのウィークエンドサンシャインを小音量でしばらく流していたのだが、「ひよっこ」のリクエストが出たので、FMのほうをミュートにした。終わったらもう一度切り替える。

今朝も空は低いのっぺらぼうの境目のない濃霧のような雲に覆われている。過去3か月の放送 - ウィークエンドサンシャイン - NHKに過去の楽曲のリストがあるので便利なのだが、当日のリストはない。当日、リストは確定するのかもしれない。しかし、いつのまにか終わって、「世界の快適音楽セレクション」に代わっている。毎度のことだが、音量を絞っているとこういうことになる。PCをスリープにしていなかったので、録音も始まっていない。7時20分前に起きて、PCを起動するか、前日からスリープにしておくかだけど。

外出の帰りに日経土曜版を忘れずに購入、帰宅。「Take Five」が流れているが、ライブなのだろう、ドラムスのパートに入る前に、あまりにも冗長な繰り返し。アルト・サックス・ジャズ名曲20選、プライムミュージックを聞いていたのだが、中断。おすすめのプライムアルバムから、トップにあるJ.J.CaleとEric Claptonの「Road to Escondido」を選ぶ。J・J・ケイル - Wikipediaによるブルース・フォーク・ジャズの融合という解説はなるほどと納得させる。楽しい。ケイルもギタリスト、タルサ・ミュージックの創始者の一人という話だ。

更新: 2017-04-08T12:52:54+09:00

[日記] 24℃、Stan Getz、Duke Jordan

室温が窓を開けて24℃。もう暑いという感じもある。外出の時に着た薄いセーターも脱いだ。続けて「Stan Getz Plays」を選択。

Stan Getz Plays - Stan Getz | Songs, Reviews, Credits | AllMusic。ピアニストが二人入っている。Duke JordanとJimmy Rowles。Duke Jordanは一枚アルバムを持っているはず。Stan Getz Plays - Wikipediaによれば、1-12はJordanだ。

../images/2017/04/CIMG5858m.JPGFLIGHT TO DENMARK

涼しそうというか、寒そう^^)


LPを引っ張り出したので、久しぶりにDENONのDP500Mが稼働した。やはり、生々しいカチッとしたピアノの音がする。最高だね。後で、デジタルの音源を探して比較してみよう。プライムミュージックにはないので、Apple Musicを探すと、「FLIGHT TO DENMARK」が見つかった。やはり、LPの生々しさは、ネットワーク・ストリームのPCデジタル光出力ではとても無理、音が鈍っている。Apple TVのHDMI音声出力のほうがまだいいかもだけど、やはり物足りない感じ。

更新: 2017-04-08T16:56:38+09:00

[日記] 言葉と物 2.1 - II. Sign of the Times

朝、iTunesを起動すると、Sign of the Timesというタイトルが目に入って、聴いた。ハリー・スタイルズ(Harry Styles)のシングル。Harry Styles' Sign Of The Times: Everything you need to know about Harry's solo debut - BBC News。「One Direction」(1D)のメンバーの一人。1Dは昨年1月に活動を中断している。メンバーはソロ活動に入りつつある。音楽的には最新の1Dのアルバム、「MADE IN THE A.M.」の延長にある感じ。「時代の兆し」、誰もがそれを感じて生きている。日経を買いに行く。ランプが点かない。8時前だと自動販売機に入っていない。仕方がないので、返却口から取り出した160円を握りしめて、ファミマまで足を伸ばす。

iTunesでFMエアチェックを聴くために、ローカルPodcastのjscripter's Podcastを更新する。今朝4時の「渡辺貞夫Nightly Yours」を再生。今日はラテン音楽系。サンデー・モーニングの時間になったので中断。今日はマスターズの放送があるので8時半から。

ロシアやスウェーデンでテロ。中東の混迷はいつのまにか、シリア内戦に姿を変え、次第に世界に広がり始めている。サンデーモーニングでは根本には中央アジアの貧困に原因があるという説明もされたが、それをどう解決していくのか、道筋は見えない。争いばかりが目に付く。人間の社会とは、人間の世界とは何なんだろう。

大岡信先生の「現代詩人論」(角川書店、1969年)の最初には序章として「現代詩の半世紀」という評論がある。その最後は次のように結ばれている。

三好達治はその死の少し前、現代詩のこういう量的盛況を皮肉って、「大正時代のはじめまでは、詩人たちは数こそ少ないが、ひとりひとり高くそびえる塔だった。しかし、その後は---とくに戦後は---裾野はひろがったが、高さはあまり高くないボタ山になってしまったのではないか」という意味のことを座談で語っているが、これがはたしてそのとおりであるかいないかを見るには、なお時間を要することであろう。

(39ページ)

20世紀の前半は、世界大戦が二度もあり、悲惨な時代であった。昔から評価に値しないのではと短絡的に考えていたのだが、ここ数年、いろいろと本を読んでいると、むしろ、20世紀の後半から21世紀にかけては浮薄の時代なのではとも思えてくる。人間の精神にとって重要なことが起こったのは、18~19世紀、20世紀の前半ではないのか。もちろん、フーコーが「言葉と物」で取り扱ったようにルネッサンスの時代を含めてもよいのだけど。

../images/2017/04/CIMG5870r1m.JPG日本経済新聞2017年4月8日(土)44面、文化、中村稔著「大岡信氏を悼む、詩の素地に深い学識」

中村稔先生は昨日の「大岡信氏を悼む」の中で、深い学識に裏付けられ、既成概念に対して容赦のない読み直しを迫ったとして評価される一方、「容赦のないといえば、大岡さんはふだん温厚で穏やかな人柄だったが、言うべきときはじつに率直に物を言う人であった。・・・大岡さんの発言は遠慮会釈のない、怖るべく率直なものであった。『歴程』はいますでに存在意義を失っているのではないか、いっそ廃刊にすべきではないか。・・・一見穏やかに見えても、大岡信という人はずいぶんと厳しい人だ、と認識をあらためたことがある。・・・」もちろん「・・・大岡さんは厳しい半面では、仁義、人情に厚い方であった」とも書かれている。記事の最初に、ニュースを聞いて、夫人にお悔やみ状を書き始めて、書き終えた途端、夫人から訃報の電話が入り、夫人の悲しみにうちひしがれている様子が書かれている。大往生で片付けては失礼なことだと反省すること頻り。

現代詩人論には、金子光晴から草野心平と高村光太郎、中原中也、吉田一穂、中野重治、小野十三郎、西脇順三郎、村野四郎、滝口修造、三好達治、立原道造、丸山薫、田中克己、鮎川信夫、田村隆一、山本太郎、吉岡実、清岡卓行、飯島耕一と岩田宏、谷川俊太郎、前田耕が取り上げられている。知っている詩人について少し読んでみた。西脇順三郎をあまり評価していない。受け継ぐべき深い学識、機会のあるごとに少しずつ紐解いていこう。簡単には学べない。

大岡信先生は、中村稔先生を大所帯の「歴程」のような特定のグループには所属しない詩人の一人として「現代詩の半世紀」に上げられているが、中村先生の認識を改めた話は詩誌「歴程」特集号の座談会に同席されたときの記憶である。

更新: 2017-04-09T11:44:00+09:00

[日記] 直観

まずは直観についての最初のメモ。大岡信著「現代詩人論」の「鮎川信夫」(219ページ)より。

・・・詩人の表現は読者がそれを通過することによって、より鮮明に、より強烈に、詩人の世界を把握したように思う、そうした機能をもつ。詩の表現は常に自己を消去することによって詩そのものの形造る自己集中的な世界を生かすのである。詩人の言葉の使用法、したがって思考方法そのものが、小説家に比してはるかに抽象的なのはそのためなのだが、この場合、ぼくらが詩を通して実際に詩人という一人の人間を理解するのかどうかは問題だ。誰もそれを保証してくれるわけではない。これは直観に属する理解の形式だからである。・・・

../images/2017/04/CIMG5927r1m.JPG連想ゲーム

[日記] 混沌の中からWWDC17へ

ここ二日間ぐらい朝は11-12℃、帰宅時外気温21-22℃。朝は高原の爽やかさ。まだ、桜はもっていて、夜桜見物ぐらいは可能らしい。今朝は、昨晩PCをスリープ状態にしていたのでウイークエンドサンシャインのエアチェックが無事起動。日経を買いに出かけたのは9時過ぎ。今はApple Musicで「今週のWIRED: Art of Listening Weekly」(WIRED JAPAN)を聴いている。4/10にアップデートされている。イージーリスニングではない。静かに気軽に聴けるとは限らないところが少しつらいところだけど、新しい良質の音楽が詰まっている。41曲、2時間51分。

../images/2017/04/CIMG5946r1m.JPG日経土曜版2017年4月15日とWWDC17 on iPad2

Chromeの履歴を調べても、WWDC17を最初何処で見掛けたのかよくわからない。履歴では「WWDC17」を自分で検索しているのだけど、さて。iPhone10周年で今年は大きな変化が訪れそうだと思っているのだが、WWDC - Apple Developerには、情報が少しずつ上がり始めている。

アップル、新たなウェアラブルデバイスとARデバイスの特許を取得 | Mogura VR - 国内外のVR最新情報あたりの話が具体化されるかどうかが焦点かも知れないが、噂としてはまだ弱い感じ。PSVR品切れの裏で VR周辺機器Viveトラッカーが発売後2時間で売り切れたワケ | Mogura VR - 国内外のVR最新情報のような話も出て、VRの世界は広がりつつある。

現実世界は気の重くなる話ばかりで、仮想世界に住みたいかも。

../images/2017/04/CIMG5923r1m.JPG日経4/8-9

../images/2017/04/CIMG5853r1m.JPG日経4/1-2

../images/2017/04/CIMG5855r1m.JPG日経3/25-26

更新: 2017-04-15T13:19:24+09:00

[日記] 日曜日、最後の桜花見、広島市植物公園にて

今日は大雨、土砂降りに近い。二号線バイパスは雨水が溜まっていて、盛大に音を立て水しぶきを上げながら走った。ハンドルを取られそうで危ない。昨日は晴れて、散歩日和だったのに。明日も相当降るらしい。様々な警報が出たままだ。昨日は、最後の桜を見に行こうと話していて、検索した結果、結局、植物公園を選択、久しぶりだし、展望台に上がってみようと、車を走らせた。鷹野橋から二号線に出るところのNaviの案内に難癖を付けながら走った。そこを過ぎると適切なナビ。

今日は、Apple Musicで、「My New Music Mix」を初めて聴いてみる。「あなたの好みに合いそうなアーティストをご紹介。新しいミュージックを見つけよう。毎週金曜日に更新。」とある。確かに知っているミュージシャンは25曲のリストにはない。さて、最後まで聴き続けられるか・・・

../images/2017/04/CIMG5955m.JPG正面の大温室は改修中で閉館だが、その他の温室は開いている

../images/2017/04/CIMG5963m.JPG葉桜になり掛けだが、まだ桜を楽しめた

../images/2017/04/CIMG5985m.JPG展望台から遠くに宮島を望む

瀬戸内海国立公園を眺望できるというのも売りの一つだが、肉眼では少し遠い。双眼鏡は装備されている。



../images/2017/04/CIMG5987m.JPG瀬戸内海の半島、島々が煙る、呉方面

../images/2017/04/CIMG5990m.JPG展望台から、植物公園を見る

../images/2017/04/CIMG6000r1m.JPG展望台からの降り道、フウの並木道

../images/2017/04/CIMG6013m.JPGうらら池より展望台を見上げる

../images/2017/04/CIMG6035m.JPGハス、White Pearlの花

植物公園ならでは、様々なハスを集めた温室がある。色とりどりの美しいハスの花を見ることができる。よく見ると小さな赤と黒の熱帯魚が泳いでいる。


写真は山ほどあるけど、これぐらいで。ハスやサボテン、ゼラニウム、蘭などの温室を堪能した後、外で桜草の展示を見て、ソフトクリームを食べに食堂に行った。そこで終わり。

「My New Music Mix」も全部聴き終えそうだ。アーティストの中でピーター・アースキンとデクスター・ゴードンは知っていたね。ジャズのアーティストだから。全体的に悪くない。楽しいかもしれない。でも、聴きたい人が見つかったかというとちょっと足りない。みんなちょっと軽すぎる。

一昨日マーカス・ミラーのインタビュー記事を読んで、ロバート・グラスパー(Robert Glasper)の話が出ていたことを後で思い出して聴きはじめた。CDは一枚持っているんだけど。これが独特のピアノなのだよね。どこでも聴いたことがない。でも一聴して凄いと思う。何か、曲の持っている流れよりも演奏が早すぎる、時間が早く進み過ぎるという風な奇妙な錯覚を憶えるのだけど。ここが不思議なピアニスト。家内に聴かせるとクラシック以外ではめずらしく良いという評価。他のアルバムを聴いてみよう。昨日聴いたのは「In My Element」。持っているアルバムは「Double Booked」。

更新: 2017-04-17T21:20:30+09:00

[日記] 夜の雲

久しぶりに午後8時50分に外に出た。長袖のシャツだけで十分。まったく寒くない。

低い雲の切れ端が都市の明かりに照らされて白く見える。雲の間に明るい星が輝いている。いつもの30分、速歩の散歩を終えた。

../images/2017/04/P_20170424_211731lcm.jpg夜の空

単純にスマホで撮影すると白い雲は写らない。GIMPで明るさを90まで上げて、コントラストを70ぐらいに調整。少しもやもやとした雲が認められるような写真になる。



[日記] 夜の道路にて - Perl 6に向かって

昨日も夜歩いた。一日歩くだけで、体調がよくなったと感じたから。やはり運動不足は歴然としている。一日おきに歩けばいいかなと思ったら、明日も土曜も晩は会合を入れたし、その翌日は奈良にいるはずだから、今日も歩いた。

../images/2017/04/CIMG6073m.JPG皆実町六丁目の電停と御幸橋を遠くに見る

今日はコンパクトカメラを持って出た。上空に寒気が入っているそうで、ジーンズとシャツだけでは肌寒いが、動いていればどうということはない程度。室温が23℃。外気温14℃。頭までフードを被った完全武装で犬と散歩していた夫婦が前にいたけど、道を譲ってくれた。


ブックカフェ9の後、WTM98に参加することにした。A氏のIoTの話があるし、機械学習の話もある。人の話を聞くだけでは何かができるようになるわけではないが、少なくとも刺激を受けることはできる。実際、具体的に何をするのかということを決めないかぎりは、前に進まない。もう少し余裕を作らないと・・・余裕は作れるはずなんだが、生来の気性のせいか、他のところでややこしい方向に突っ込んでしまう。無理することはないのに。以前よりも疲れている。

本来の自分のアイデアは少しずつ進捗はしているが、実行可能なアイデアかどうかを突き詰める段階で、あるようなないようなところで止まっている。やればできるはず。やる価値があるかどうかはやってみないとわからない部分がある。なにごともそういうものだ。

もっとも、まずは、Perl6を追い掛けないと。これが将来の基盤となる。偶然に、いろいろなことが収束しようとしている。2017.17 Interesting Times | Weekly changes in and around Perl 6からPerl 6 Performance and Reliability Engineering: Grant Report - The Perl Foundationを見つけた。「Interesting Times」という言葉に自信と期待が滲む。パフォーマンスはともかく、信頼性の確保は進んでいる。もうすぐ、perl6.dベースのRakudo Star 2017.04が出るらしい。五月連休は少し集中して研究しようか。

The Perl Conference 2017 in DC (YAPC::NA 2017)にダミアン・コンウェイ先生の「Friday 6/23 - Post-Conference Tutorials 2: Parsing with Perl 6 Regexes and Grammars (Damian Conway)」が予定されている。期待している。Grammar Tutorialを読んで予習しておこう。Core Developmentに「TimToady(Larry Wall) made user grammars work more like classes, specifically with regards to .new.」がある。

興味のあるところの最新の状況に触れておくと、Macros: what the FAQ are they? :: Strangely Consistentのmacrosがある。現時点の「Perl 6 Documentation」においては、Experimental Featuresに収められていて、TBD=「to be defined later」ということになっている。本来のアイデアを表している記事は、Why Perl 6 is different | Leon Timmermans [blogs.perl.org]であり、「out of date」の文書だが、Synopsis 6: Advanced subroutine features: Macrosがある。

更新: 2017-04-29T08:49:02+09:00

[映画] モアナと伝説の海(Moana)

前から見に行きたいと言っていたモアナと伝説の海|映画|ディズニー|Disney.jp |を、ようやく昼から、イオンシネマ広島で見てきた。

ストーリーも最後までよくできている。子供連れで十分楽しめて、よかったと思って帰れると思う。真にタイトル通りの内容だろう。子供連れ目当てなので、吹替え版しかないところが、大人にとっては物足りないが・・・イオンシネマ広島の4番スクリーンは前3分の1は空いていた。

南太平洋と思われる島々の神話を描いている。どこまで、実在の神話を元にしているのかはよくわからない。

更新: 2017-04-02T10:02:28+09:00

[Jazz] Marcus Miller - LIVE and MORE, Afrodeezia, Tutu Revisited

今朝から、「今週のWIRED」から続けて、いろいろと探しながら新しい音楽を聴いてきたけど、なにかしっくりこない。ツイッターのJazz_reviewにマーカス・ミラーのライブ&モアが流れてきて、あー、そう言えばマーカス・ミラーがいたと思って聴きはじめた。いいねえ。次々と聞いていこう。まずは、Live and More - Marcus Miller | Songs, Reviews, Credits | AllMusic

マーカス・ミラーと言えば、エレクトリック・ベーシストとして憶えているわけだが、マイルス・デイヴィスの「TUTU」をプロデュースしたという話なので、その頃から知っているわけだ。INTERVIEW:Marcus Miller | Arbanの記事もなかなか興味深い。

../images/2017/04/CIMG5947m.JPG「TUTU」のCD、ジャケット写真と広げたライナーノーツ

マーカス・ミラーとマイルス・デイヴィスと組み合わせで記憶にある。「TUTU」などの若手ロック的ジャズベーシストとして。ライナーノーツを確認すると、プロデューサーの項には、トミー・リピューマと一緒に並んでいる。「TUTU」を日記で取り上げるのは二度目。石岡瑛子 アートディレクション (2012/01/28)。


前記インタビューの題材になっている「アフロディージア」(Afrodeezia)を聴く。最高だ。Marcus Miller - Wikipediaによると、1959年生まれ、57歳。まだまだ活躍できる。フォローする楽しみが増えた。Afrodeezia - Marcus Miller | Songs, Reviews, Credits | AllMusicも参照。

「Tutu Revisited」を聴いている。これもいい。Aidaは、ちょっと、「Weather Report」風でもある。AllMusicにはデータがないので、Marcus Miller Featuring Christian Scott (2) - Tutu Revisited (CD, Album) at Discogsを参照。

更新: 2017-04-15T20:04:31+09:00

[Jazz] Robert Glasper - Covered, Black Radio 2, Mood

夜のうちに雨は去った。暑い日だった。窓を少し開けていても室温は26℃。冷房を入れるところまではいかない。昨日、聴いたグラスパーの音楽の多様性に惹かれた。続けて聴こう。

グラスパーは、なぜそこまで評価されるのだろうか?~今世紀ジャズ・シーンにおける最重要ピアニストの魅力に迫る | Special | Billboard JAPANピート・ロック X ロバート・グラスパースペシャル対談 | Special | Billboard JAPANの記事を見つけた。僕がグラスパーを見出したのは、「Double Booked」で話題になったとき。デビュー作のMoodでハービー・ハンコックの「Maiden Voyage」をRadioHead風にアレンジして注目されたのだとか。後で聴いてみよう。

[Jazz] グラスパーからハービー・ハンコックへ - 処女航海、「Speak Like a Child」

ロバート・グラスパーがMoodで「Maiden Voyage」をアレンジして演奏したが、何か原型のイメージを思い起こすには至らないような気がして、Herbie Hancockの演奏をまずはApple Musicで聴き直し、LPを引っ張り出して、レコード・プレーヤーでも聴いてみた。

有名な曲ではあるけど、イージーリスニングではない。グラスパーのアレンジも同じく、聴きやすいわけではない。最初、鳥の声のような音が入って、一瞬だけ不思議な色彩感を感じたと思った部分は海の表現というよりは森の中に迷い込んだ感じがして、その系統の音は時折、微かに最後まで残っていく。

2013年のグラスパーの「Black Radio 2」の時のインタビューをたまたま見つけた。ROBERT GLASPER EXPERIMENT interview / いい音楽はいつだって生き残る | bmr。先の日記にリンクした「Billboard JAPAN」の記事は2015年のもの。「Billboard JAPAN」やbmrのサイトを検索するといろいろと情報はある。bmrにリンクした記事から二カ所引用しておこう。bmrは「black music review」の意。

・・・ジャズの歴史を振り返れば、すべての音楽はそれぞれの時代に合っていた。30年代、40年代、50年代は当時の社会を反映した音楽だった。今、ジャズはその性質を失ってしまってるんだ。今のジャズ・ミュージシャンと若者の間には繋がりがないんだよ。俺たちは若者が理解し、知っているものを演奏するから、若者との繋がりがある。同時に年配の人たちが知っている音楽でもある。すべてのミクスチャーだよ。・・・

・・・

・・・それに俺にとっては個性が大事なんだ。独自の声を持つ人を集めるのも『Black Radio』の目的だった。独自の声を持ち、他人やトレンディになろうとしない、オーガニックで自分らしい人たちだ。それは俺のバンドのメンバーも同じことさ

ミクスチャーとオーガニックの意味が分かるかもしれない。

Herbieの「Speak Like a Child」を聴いている。「The Sorcerer」の軽快な流れるようなピアノが響いている。ここにハービー・ハンコックの音楽がある。アルバムジャケットは「Maiden Voyage」と同様に印象的だ。

../images/2017/04/CIMG6063m.JPG「Speak Like a Child」と「Maiden Voyage」

更新: 2017-04-22T12:12:24+09:00

[言語] 言葉と物 2.1 - IV. 思考の言語は普遍か

外で風が吹き荒れ、雨が打ち付ける音がする。一服状態に過ぎなかったのか。明日の雨が心配だ。「言葉と物」を少し読み込めるようになって、いろいろなことを考える。これは、本居宣長の読み解いた古事記のこともあるし、ルネッサンスから古典主義時代の間で言語自体が変化したという話もあるからだ。

その時代時代で、言語の表出、外在化の仕方は変化するが、本質は変わらないのか。そして、時代の言語の表出の仕方は必ずしも時代によらない。特に詩は時代から切り離されて、あり得る姿に変化する場合もある。これは「文学とは何か」という問題に通じるかもしれない。

そうすると、過去の言語表現を含めて、言語表現の姿をそれぞれ現在に蘇らせてみることもできるのではないか。それぞれに違った機能・意味がある。それぞれが普遍的な価値・意味を持っているのではないか。そんな妄想に捉われた。

ロバート・グラスパーの「Everything's Beautiful」(2016年)に続いて「Black Radio」(2012年)を聴いている。グラスパーは単なるピアニストではない。多才・多彩なアレンジャー・プロデューサーなのだ。そして、音楽に深みがある。一種の悲しみのようなもの。傷つきやすさのようなもの。悲哀。繊細さ。

更新: 2017-04-18T04:40:00+09:00

[言語] 言葉と物 2.1 - V. 言葉が浮かび上がるとき

ミシェル・フーコーが言表(げんぴょう、énoncé、エノンセ)とか言説(discours、ディスクール)とかいう用語を定着させたかもしれない。フーコーをどう評価すべきかという問題はあり得るのだが、この物の見方を出発点にして考えてみようというのが、今の立場である。それはいつか崩れ去るかもしれないが、その時までは保持してみよう。チョムスキー先生は似たようなことをヒュームが言っていたと宣わっている。しかしながら、具体的にどこでどういったのかは説明されていない。

そういった問題意識の中で、言葉がどう発語されるのか、それを基に思想がどのようにして表明されるのか、あるいは詩がどう生まれるのか、文学がどのようにして書かれるのか、いずれにしても興味深い問題である。

いずれにしても、その記録はテキストとして残存しているのであり、事象はテキストを構成する文字列の並びに集約されることになる。しかしながら、テキストだけを見て、そのテキストが成立する過程を想像し得るのかという問題がある。

古井由吉の翻訳と小説を書くことは両立しないという問題意識を知って、なぜそうなのかという理由を追求したいと思い、いろいろな本を入手してみるが、なかなかわからない。たとえば、「聖なるものを訪ねて」(集英社、2005年)が随筆のようなものだと見当をつけて入手したのだが、まえがきもあとがきもない。なかなかわかりにくい。まあ、まだ、それほど読み進めているわけではない。そのうち、なにか言うかもしれない。

例の如くの経由で、川上未映子氏を知ってしまったので、川上未映子訊く、村上春樹語る、「みみずくは黄昏に飛び立つ」(新潮社、2017年)をゆめタウンの紀伊國屋で購入。村上春樹氏が深いところに降りて行くという話は既にいろいろなところで読んでいるのだが、もっと詳しく、小説が生まれるときのことを知りたいわけだ。これも探索の一部を構成することだろう。本書は川上未映子氏が「職業としての小説家」についてインタビューしたことが切っ掛けになっており、第一章に収められている。最新長編の「騎士団長殺し」刊行時のインタビューを合わせて一冊にまとめられた。

機械が言葉をどう発語するのか、どうすれば言葉を発し得るのか、それを探求することが目的である。人間の無意識は機械のようなものである。

更新: 2017-04-30T00:27:14+09:00

[Music] Bob Dylan - Triplicate

CD3枚組のアルバムのサンプラー(10曲)がApple Musicに出たので、聴いている。

Triplicate - Bob Dylan | Songs, Reviews, Credits | AllMusicを参照。「My One and Only Love」が流れると、「スタンダードはいいわね」と声が掛かる。

[Perl 6] Aspect-0rientd Programming for Perl 6

こういう機会でもないと学習が進まないので、関係のある部分を翻訳してみた。オブジェクト指向プログラミングの用語は訳しにくい。オブジェクト指向を知らないとわからないだろう。英単語で補いながら・・・

Perl 6のすべてのメソッドは、実はディスパッチ(dispatch、割り振り)のためにメタオブジェクト・プロトコル(MOP、Meta-Object Protocol)の制御下にあるルーチンであるから、アスペクト(aspects)を取り扱うために、システムを変更する(subvert)いくつかの方法がある。

まず、MOPの呼び出し(calls)を途中で押さえる(intercept)か、さもなければ、別のメタクラスをインストールするかである。より可能性の高い方法は、メソッドは実は変装した(in disguise)ルーチンであり、.wrapメソッドを経由して、その場所で(in place)、外部ルーチンに包むことができるから、すべてのメソッドと他のルーチンを包んで、横断的関心事(cross-cutting concern)を共有することができる。

オプティマイザはルーチンがCHECK時間(コンパイル終了)後、ルーチンの変更はないと仮定する一方、コンパイル時間内は常にルーチンを包むことができるので、「use soft」宣言あるいは実行時間に包むことを可能にする何かを、すなわちそのルーチンを変更可能であると考慮されることを維持するために、必要とすることに留意しなくてはならない。(Routine roleを実行するコードのみが、Perl 6において常に変更可能(mutable)である - 裸のブロックと他のラムダはスタート時から変更不能(immutable)と考慮される。)ルーチンを変更可能に維持することは、オプティマイザがそのコードを展開する点を非常に効率の悪いものにすることになることに留意しなくてはならない。

もちろん、現在の語彙のスコープの中で(in current lexical scope)、Perl 6をその場で、欲する言語に簡単に再定義することができる。そうすれば、これらのアスペクト(aspects)をいかに表現するかは想像力に制限されるだけである。その用語が何を意味するにせよ・・・

(Aspect Oriented Programming - Rosetta Code)

次はPerl 6 Documentation/Object Orientation/Classes/Methodsの項。

メソッドはクラスのボディの内側でmethodキーワードで宣言される。

メソッドはサブルーチンのようなサイン(signature)を持つことができる。属性をメソッドの中で使うことができ、いつも、!トウィギル(twigil)と使うことができる。たとえ、.トウィギルで宣言されたとしても。これは、.トウィギルが、!トウィギルとアクセサ(accessor)メソッドを生成するからである。

(上のコードを見ると、原文参照)メソッドdescribeの中で、$!originと$.originを使う差はわずかだが、重要である。前者は常に属性の参照(lookup)である。前者は負荷が小さく(inexpensive)、属性の明らかな参照である。$.originはメソッド呼び出しでサブクラスをオーバーライド(書き換え)する。オーバーライドを許したいときだけ$.originを使うべきである。

サブルーチンに似ず、付加的名前付き引数(additional named arguments)はコンパイルタイムあるいはランタイム・エラーを生じない。それは、再ディスパッチング(Re-dispatching)によってメソッドのつなぎ(chaining)を可能にする。

ランタイム(runtime)はメソッド名を、.""オペレータによって解決することができる。

(Perl 6 Documentation/Object Orientation/Classes/Methods)

この翻訳作業で副産物を得た。ようやく、!twigilと.twigilの意味、関係がわかったのだ。が、具体的にどのように使えば意味があって、役に立つのか、事例が思い浮かばない。プログラミングの教科書には、具体的でかつ有意義な事例を載せることが大変大切だ。それを通じて、使い方を体得できる。無意味な形式的な事例は理解しようという意欲を失わさせる。それとともに、プログラミングの思想の進化を説明する必要がある。そういったことを「Learning Perl 6」に期待しているわけだけど・・・文法の詳細を伝えるだけで精一杯かも・・・正規表現も新しくなるし。

../images/2017/04/CIMG5847m.JPG「AspectJによるアスペクト指向プログラミング入門」(ソフトバンク・パブリッシング、2004年)と「オブジェクト指向Perlマスターコース オブジェクト指向の概念とPerlによる実装方法」(ピアソン・エデュケーション、2001年)

AspectJのアスペクト指向の概要には、アスペクト、アドバイス、インタータイプ定義、ジョインポイント(thisJoinPoint)がある。よく比較対照して、考えてみないと。僕のオブジェクト指向プログラミングの概念は「プログラミングPerl 第3版」とダミアン・コンウェイ先生のオブジェクト本から得たもの。この中にはオブジェクト指向の豊富な概念が含まれていて、それと同じ思想は「Perl 6」にもっとスマートに拡張されて反映されているはずだ。

更新: 2017-04-02T20:45:05+09:00

[Perl 6] 6gutsにて - Concurrency controlとMoarVM Fixed Size Allocator contention

6guts: guts、guts、guts、guts、guts、guts (05/07/2016)の記事から続く。もうすぐ1年経つ。Perl6/Rakudoも2015年のクリスマス・リリース、perl6.cからperl6.dにアップデートされる。前回記事のリストに新しい6gutsの記事のリストを追加しておこう。

並列処理の他、Perl 6 IO TPF Grant: Monthly Report (April, 2017) | Zoffix Znet [blogs.perl.org]にも注目しておく必要がある。Rakudo Perl 6について、次のようなアナウンスが出ている。

Release Rakudo 2017.04.2 ・ nxadm/rakudo-pkg ・ GitHubが既に出ているが、Rakudo Starはこれからだ。Downloads | Rakudo Perl 6をウオッチしよう。

Perl 6のパフォーマンスの話は、perl6 - Is there research on performance penalties for types/constraints in Perl 6? - Stack OverflowTalk by lizmat about speeding up Perl 6 from FOSDEM 2017に詳しい。要は、MoarVMのパフォーマンスに大きく依存するということ。最新の6gutsの記事、Massively reducing MoarVM Fixed Size Allocator contention | 6gutsが最新の発展の状況を表している。

In summary…

If you have CPU-bound multi-threaded Perl 6 programs, MoarVM 2017.04 could offer a big performance improvement. For my case, it was close to 40%. And the design lesson from this: on modern hardware, contention is really costly, and using a lock free data structure or picking the "best kind of lock" will not overcome that.

更新: 2017-04-23T22:07:00+09:00

[哲学] クリプキ(Kripke)という名

これまでクリプキについて書いたことはないと思う。名前は何回か見掛けたけど、具体的に何か読むチャンスがなかった。著作もそれほど多いわけではなさそうだが、Amazonで見るかぎり、日本で翻訳されているのは「名指しと必然性―様相の形而上学と心身問題」(1985)と「ウィトゲンシュタインのパラドックス―規則・私的言語・他人の心」(1983)の二冊しかない。Published Works - Saul Kripke Centerを参照。

../images/2017/04/CIMG5845m.JPG二冊

最近の「ウィトゲンシュタインの火かき棒」事件から、「ポパーとウィトゲンシュタイン」、「ニーチェとマッハ」を辿るうちに、ウィトゲンシュタインから論理学への興味が再燃した。飯田隆著「規則と意味のパラドックス(Rule-following paradoxes and meaning scepticism)」(ちくま学芸文庫、2016年)の「規則のパラドックス」のタイトルに惹かれ、購入して調べると、クリプキの「ウィトゲンシュタインのパラドックス」に関する著作だとわかった。クリプキ小史もあり、その天才ぶりが示される。もう一冊、翻訳のある著作、言語哲学に止まらず、様々な領域に大きく影響を与えたという「名指しと必然性」(Naming and Necessity)も読まざるを得なくなった。特に「様相論理」という言葉に惹かれたこともある。

論理学を使う場面というのはもちろん日常生活でもあり得るが、大概が、帰納法で同じことを繰り返すだけ、使うとしても三段論法程度で、意識して複雑な論理を組み立てるわけではない。無意識では脳の中で複雑な論理が動いている可能性はあるが、論理として意識されない。意識するのは情動なのである。論理学が一般に流行らないのはそのせいもあると思う。論理学が有効な場面はプログラミングである。特に人工知能を作ろうと思えば、論理学は必須の知識になるだろう。

「アスペクト指向プログラミング」という言葉がある。オブジェクト指向プログラミングを補完するものとして21世紀になって登場し、Java(AspectJ)などでは使われ始めた。Aspect-oriented programming - Wikipediaによれば、最初の論文は「Kiczales, G.; Lamping, J.; Mendhekar, A.; Maeda, C.; Lopes, C.; Loingtier, J. M.; Irwin, J. (1997). Aspect-oriented programming. ECOOP'97. Proceedings of the 11th European Conference on Object-Oriented Programming. LNCS. 1241. pp. 220-242.」である。

Perl 5のAspect-oriented programmingのモジュール(Aspect-1.04 - Aspect-Oriented Programming (AOP) for Perl - metacpan.org)はAdam Kennedy氏(Adam Kennedy (programmer) - WikiVisually)が2013年まではサポートされていたが、その後は止まっている。Perl 6については、Aspect Oriented Programming - Rosetta Code: Perl 6を参照。アスペクト指向プログラミングは「Perl 6」言語の中に組み込まれている。「Perl 6」の持つこの機能を調べることは有意義かもしれない。

ちなみに「アスペクト(aspect)」を和訳すれば、「様相」である。もっとも、「様相論理」の英語は「modal logic」であり、意味が違うかもしれない。

更新: 2017-04-02T11:31:52+09:00

[詩歌] 言葉と物 2.1 - III. 認識以前、名辞以前

大岡信著「現代詩人論」(角川書店、1969年)の「中原中也」のある部分を読みながら、フーコーの「言葉と物 - 人文科学の考古学」(原著: 1966年、翻訳: 1974年)を連想していた。

ある部分とは次の部分。

もともと中原は、詩や芸術というものを、「認識以前のもの」「名辞以前のもの」と考えているのである。つまり、何であれ、名付けられ、分類され、認識や批評のわなの中におちいってしまう以前の、まさに「空前絶後」で「全生活」そのものであるひとつの「ああ!」という叫び、それをとらえることが、詩であり、芸術であると考える。かれにいわせれば、「ああ!」と叫ぶべきところで、叫ぶかわりに、そう呼ばせる当の対象をこまかに記録しようとしたところから、芸術や詩の技巧化と不幸がはじまったのである。「ああ!」という叫びは、「直覚」であり「行為」である。「認識以前」「名辞以前」の世界である。「生と歌」という評論でかれはこんなふうにいっている。

「直覚と、行為とが世界を新しくする。そしてそれは、希望と嘆息の間を上下する魂の或る能力、その能力にのみ関わっている。

認識ではない、認識し得る能力が問題なんだ。その能力を拡充するものは希望なんだ。」

(上掲書、2 中原中也の詩と思想 66ページ、1968年)

「言葉と物」の中で対応すると思う部分を探した。他にもあるけど。メモとして残そう。

十六世紀における生のままの歴史的存在として見るならば、言語は恣意的な体系ではない。言語は世界の中におかれ、世界の一部をなしている。というのは、一方では物それ自体が言語としてみずからの謎を隠すとともに顕示するからであり、他方では、語が解読すべき物としてみずからを人間に呈示するからである。自然を認識するため、人は書物を開き、一語一語と拾いながら読みすすむのだといわれたが、この壮大な隠喩は、言語を世界の側、草木や石や動物たちのあいだに押しやる、はるかに深いもうひとつの移動現象の、眼に見える裏面にほかならない。

言語は、相似と外徴との大いなる分布の一部をなす。したがってそれは、それ自体一個の自然物として研究されなければならない。・・・

(第二章 世界という散文、四 物で書かれたもの、60ページ)

そして、次の部分に連なる。

十九世紀全般にわたって、さらには今日のわれわれにいたるまで、---すなわち、ヘルダーリンからマラルメ、アントナン・アルトーにいたるまで---文学がその自律性において実在し、他のいっさいの言語からふかい断絶をもって切り離されているのは、それが一種の「反=言説」を形成し、そうすることによって、言語の表象的機能あるいは記号をなす機能(シニフィエ)から、十六世紀以来忘れられていたあの生のままの存在へとさかのぼったからにほかならない。

(第二章 世界という散文、五 言語の存在、69ページ)

実は、もう一つ引用しておいた方が「生」という観点からはよいだろう。文学のある側面は当然のことながら哲学にもつながっている。

ところで一方、このおなじ時期に、生命は分類上の概念から独立したものとなる。それは、十八世紀においては自然に関する知を成立せしめていた、あの批判的関係を脱却するのだ。脱却するというのは、二つのことを意味している。それはまず、生命が他のものと同等の認識対象となり、この資格においてつねに一般的批判の管轄下におかれるということである。けれどもそれは、生命がこの批判的審判権に抵抗し、それをみずからのものとし、それを、みずからの名において、あらゆる可能な認識にたいして逆に行使するということでもある。したがって、十九世紀全般にわたり、カントからディルタイおよびベルグソンにいたるまで、批判的思考と生命の哲学とは、たがいに相手の主張をとりあげてはこれに異議を唱えるという、そうした関係におかれることとなろう。

(第五章 分類すること、七 自然の言説、185-186ページ)

「2 中原中也の詩と思想」の65ページには、『(中原中也の)昭和二年(一九二七)の日記の一節に「よくは分からないが、私が私一人、空前絶後に分ったと思っているのは、ベルグソンの「時間」というものに当っているらしい。・・・」という言葉が書かれている』とある。

言語と人間・生命との関係は一筋縄ではいかないということである。

更新: 2017-04-16T10:48:42+09:00

[読書] 溢れる本、それでも「ブンガクにもっと光を」

今日、たまたま、トーキング ウィズ 松尾堂 - NHKの最後が耳に入った。いろいろとおもしろい本が紹介されて素晴らしいが実は読み切れない、そんな話だった。バックナンバー - トーキング ウィズ 松尾堂 - NHKによると本日のテーマ/お客さまは「ブンガクにもっと光を」/羽田圭介さん(小説家)、殿村美樹さん(PRプロデューサー)。

羽田圭介氏の「スクラップ・アンド・ビルド」は前回のブックカフェでテレビドラマとして話題になった。ブックカフェ8 - 鷲田誠一著、植田正治写真「まなざしの記憶」 (03/26/2017)参照。

本屋大賞が発表されたことも目に入る。これはAmazonで見掛けたような気がする。翻訳部門の2位にピ-タ-・トライアス著、中原尚哉訳『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』(早川書房)が入った。十夜一冊 第千百九十夜 ピーター・トライアス著「ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン」 (01/19/2017)参照。

高山宏著「見て読んで書いて、死ぬ」(青土社、2016年)を読みながら、川上未映子の「わたくし率 イン 歯ー、または世界」、「そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります」の紹介、55.「関西弁のマニエリスムかて、や、めっさ、ええやん」で、川上未映子に興味を持つ。実は昨日は山本義隆著「十六世紀文化革命」(みすず書房)ニ巻紹介の37.「それって要するに職人たちのマニエリスムなのである」という苦情を読んで、欲しいなと涎を垂らした。その前に「磁力と重力の発見」三巻も欲しいのだけど。おそらく、「言葉と物」につながっていく。まあ、でも高い^^;)取り敢えず「わたくし率・・・」の古書の注文で収める。川上未映子 - Wikipedia参照。

その後、まじめに、ブックカフェ9ネタのトーマス・ベルンハルト著、今井敦訳「ある子供」(松籟社、2016年)の残りを読んだ。本文138ページ、段落がない。ドイツによるオーストリア併合(1938年)、第二次世界大戦初期(1939年、ドイツのポーランド侵攻に始まる)の時代の物語。

Amazonから今日届いた段ボール箱に本も一冊入っていた。加藤周一・中村眞一郎・福永武彦著「1946・文学的考察」(冨山房百科文庫、1977年)。大岡信著「あなたに語る日本文学史 古代・中世篇」(新書館、1995年)には次のようにある。

ボードレールを読んでいるときに、中村眞一郎、福永武彦、加藤周一の「一九四六年文学的考察」が出て、これが僕の枕頭の書になったわけです。・・・彼らのなかには、日本文学を西洋文学と同じ水準のものとして読むという、画期的な思想があったわけです。

・・・ただし、詩を書いていて、勉強になると思ったのは、実は翻訳の詩のほうだった。したがって、そういうものを自分のなかで溶け合わせるためには、必然的に、理論的に支えてくれるものが必要だったんですが、それが中村さんたちの本だったわけです。

(24-25ページ)

というわけでもないが、本に溢れかえる我がミニ書斎で、日記を書いている。特にブンガクに光を当てるというよりは、自然につながっていく。文学がなぜ生じたのか、マラルメの詩の言語は如何にして「十六世紀以来忘れられていたあの生のままの存在へとさかのぼった」のか、それを辿りたいわけだ。04/15/2017: [詩歌] 言葉と物 2.1 - III. 認識以前、名辞以前を参照。

そして、それが、チョムスキー先生の思考の言語の話につながり、プログラミング言語による表現、例えば、オブジェクト指向やアスペクト指向の表現につながっていくはずなのだ。

更新: 2017-04-23T22:13:25+09:00

[将棋] 藤井聡太四段、羽生三冠を破る

中学生棋士・藤井聡太四段、デビューから負けなしの14連勝。これまでの対局からみる、その強さの秘密とは?|将棋コラム|日本将棋連盟にもあるように中学生棋士の強さに唖然としている。コンピュータも勝てないのでは・・・

中学生棋士・藤井聡太四段、羽生善治三冠に挑む。AbemaTV七番勝負第7局ふり返り(藤井四段コメントあり)|将棋コラム|日本将棋連盟のAbemaTVの番組は4時間半ぐらいあるのだが、昨日から今日、2回に分けて全部視聴した。将棋・藤井聡太四段 羽生善治三冠に勝利!「炎の七番勝負」6勝1敗の快挙 | Abema TIMES。無料で見れるのはうれしい。羽生三冠後手で不利ではあるのだが、それにしてもほとんど危なげなく、藤井四段が勝った。終盤の羽生三冠の攻撃はさすがと思った。それにも関わらず、藤井聡太四段は持ち駒を惜しげもなく使って攻めるので、ちょっと大丈夫なのかなと思ったが、読み切っている感じで、あれよあれよと思っている間に終わってしまった。強い。

新しい時代が到来している。

[スマートフォン] Essential phoneのその後

Apple just killed funding for Andy Rubin's iPhone killer - BGR(3/21)のニュースが流れたので心配になったが、A Google exec just confirmed what we already knew about Andy Rubin's ‘iPhone killer’ - BGR(3/30)で、健在ぶりを示した。問題は日本でいつどこから手に入るかということ。

いろいろ調べていくと、SOFTBANKの件も全く問題ない。Rubin氏のTwitter(3/23)はユーモアたっぷりだ。

どのようなものになるのかは大体想像はつくので、実際、早く出てきて見せてほしいと思うだけ・・・Google会長のSchmidt氏のtweetによれば、Androidが走ることは間違いなさそうだ。最近は、政治だけでなく、ビジネスもツイッターで行われるようになった。

新しい時代のスマホを拝めるかも。技術的には、Andy Rubin's Essential phone details begin to spill [Easter Eggs] - SlashGear(3/27)の記事がおもしろい。本日記の前の関連記事、01/19/2017: [スマートフォン] Andy Rubinの行方も参照。

更新: 2017-04-01T11:43:41+09:00

[社会] NHKスペシャル - 激震 トランプ時代

途中からずっと見てしまった。

ウォール街の住人は、当初はトランプ大統領になると株価は下がると読んでいたが、予想とはまったく逆の現象が起きた。何が起きるとしても、当然のことながら、したたかに利益を追求している。

不法移民の取り締まりが強化されて、既に2万人以上が逮捕されている。以前は税金を払って、重罪を犯さなければ、米国に住めた。生まれた子供たちは米国市民で、不法移民の親と別れることになる。ある親は子供たちが生活していけるように住んでいる家に屋根裏部屋を作って、今住んでいる部分を貸せるように改造して準備している。

ラストベルトの雇用を守るために奮闘(?)するトランプ大統領。守られた人もいれば、守られなかった人もいる。メキシコは米国の人件費の1/8で済むので、メキシコ移転を敢行する会社もある。解雇された従業員は涙を流しつつも、それでも、自分たちに関心を持ってくれたトランプ大統領を支持している。大統領になるのが遅かったと。

明日はEU。

[ソニー] ソニーが変りはじめた - Xperia Touch

速報:ソニーの投影型コンピュータXperia Touchは15万円、6月24日発売 - Engadget 日本版ネタ。

単なるディスプレイではなく、LSPX-P1 | ビデオプロジェクター | ソニーのAndroid内蔵版ということらしい。ちょっと欲しいかなと思わせるが・・・

../images/2017/04/CIMG6070r1m.JPG日経2017.04.22土曜版第1面「ソニー営業益5000億円」と西田宗千佳著「ソニー復興の劇薬 SAPプロジェクトの苦闘」(KADOKAWA、2016年)

ソニーが変りつつある。SAPとは「Seed Acceleration Program」のこと。Sony Japan | イノベーションを生み出す新規事業創出プログラム「Seed Acceleration Program(SAP)」を参照。First FlightXperia(TM) Smart Products | ソニーを見るかぎり、Xperia TouchはSAPから出ているわけではない。

これから、SAPがどうなっていくのか。ハードウェアスタートアップの行く末を占う意味でも大変興味深い。新しい需要を生み出せるか。

「ソニー営業益5000億円 今期8割増、最高に迫る」の記事には、CMOS画像センサーの需要増大、PS4の販売の伸びが牽引し、高単価の4Kテレビと一眼レフのデジタルカメラも収益の支えになると書かれている。

[TV] 達人達 - バリアフリー研究者 福島智 X 生命科学者 柳澤桂子 - 意味=苦悩+希望と祈りの回路

「意味」=「苦悩」+「希望」  福島智さん | 慶應MCC 夕学リフレクション

常に苦悩はある。そこに希望を持てば、意味が出てくる。なるほどと思った。こういうふうに考えるべきなんだ。これは中原中也が言っていることに近いような気がした。言葉と物 2.1 - III. 認識以前、名辞以前 (04/15/2017)

心に響く言葉・柳澤桂子(生命科学者)の言葉。「私は宗教を持っていなくても祈ります。脳の中には祈りの神経回路があるはず」という。本能的なもの、チョムスキー先生流に言えば、生得的なもの。